【#半導体】産業革新投資機構によるJSRの買収 動向・まとめ

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はじめに

 今回は半導体素材大手であるJSRの買収に関して自分なりにまとめてみました。普段から半導体業界に関する情報収集と発信をしていることもあり、今回は半導体関連に絞って情報をまとめました。このまとめ記事の構成は、①サマリー、②JSRの概要、③産業革新投資機構の概要、④今回の買収の概要、となっています。

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 本資料の情報は投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われるようお願いします。

サマリー

  • フォトレジスト等の半導体素材大手のJSRを産業革新投資機構が買収。
  • JSRの半導体関連事業は、フォトレジストとCMPスラリー・洗浄剤。
  • 産業革新投資機構(JIC)の完全子会社である JIC キャピタル株式会社(JICC)が設立した100%完全子会社であるJICC-02 株式会社を通じて買収。
  • 事業再編による規模の拡大と国際競争力の強化が目的。
  • TOB価格は1株4350円。
  • 買い付け総額は9039億円で、純有利子負債を含んだ買収総額は1兆円規模。
  • 今後5〜7年くらいでの再上場および新規株式公開(IPO)を目指す。

JSR株式会社について

会社概要

・社名:JSR株式会社(JSR Corporation)
・設立年月日:1957年(昭和32年)12月10日
・資本金:23,370百万円(2023年3月31日現在)
・連結従業員数:7,994名(2023年3月31日現在)

半導体関連事業・製品

 JSRの半導体関連事業は「半導体材料」と「実装材料」の2つから構成されています。各事業を構成する製品群は以下の通りです。

「半導体材料」
半導体材料事業は、ウェーハに紫外線を照射して回路を形成するフォトリソグラフィ工程関連素材からなる「リソグラフィー材」と、ウェーハを研磨するCMP(Chemical Mechanical Polishing(化学的機械研磨))工程関連素材からなる「プロセス材料」から構成されています。

*リソグラフィー材
・フォトレジスト
・液浸露光用トップコート
・多層ハードマスク
・次世代リソグラフィー用材料(メタルレジスト)

*プロセス材料
・CMPスラリー
・CMP後洗浄剤

「実装材料」
実装材料事業は、シリコンウェハー上に出来た数百のチップをひとつひとつ切り出し、最終製品へと仕上げていく後工程で使用される素材で構成されています。
・めっき用厚膜フォトレジスト ELPAC® THBシリーズ
・感光性絶縁材料 ELPAC® WPRシリーズ
・リフトオフプロセス用フォトレジスト LUMILON® LP シリーズ

JSRの強み

 前述のとおり、JSRはフォトレジストとCMPスラリーにおいて強みを持っています。JSRグループは現在の主要世代であるArFフォトレジスト、また今後3nmを含め市場が拡大するEUVフォトレジストなどを主力製品としていきます。加えて、それらフォトレジストとの組み合わせで使用される多層材料やCMP材料、洗浄剤、実装材料といった多様な製品群を提供しています。

出典:JSR株式会社

 フォトレジストに関しては日本が強みを持つ素材分野であり、JSR・東京応化工業・信越化学工業・富士フィルム・住友化学の5社で世界シェア90%以上を占めているといわれています。その中で、JSRは全体の約28%と世界トップシェアを誇っています。近年では、2021年度には、日本の四日市工場における新たなリソグラフィー材料工場建設を決定するとともに、EUV(極端紫外線)リソグラフィー技術で注目されている「メタルオキサイドレジスト」の設計・開発・製造のエキスパートであるInpriaを買収し、今後の半導体材料事業の推進体制を整えるなど、積極的な投資を実施しています。

 フォトレジストならびにCMP関連については、以下の記事をご参照ください。

産業革新投資機構(JIC)について

会社概要

社名株式会社産業革新投資機構
(Japan Investment Corporation:JIC)
所在地東京都港区虎ノ門一丁目3番1号
設立2018年9月
出資金3,804億9,996万7,724円(2021年1月現在)
根拠法産業競争力強化法(平成25年法律第98号)

 JIC は、2018 年 9 月、産業競争力強化法改正法の施行に伴い、従来の株式会社産業革新機構から株式会社産業革新投資機構に商号を変更し発足した投資会社です。IoT、ビッグデ ータ、AI など、新たな情報技術の社会実装が世界で加速する中、投資に適したガバナンス 構造と迅速で柔軟な投資判断により、長期・大規模な成長投資を中心としたリスクマネー供給への要求に応える新たな組織として誕生しました。
 JIC のファンド投資戦略は以下の通りです。民間ファンドへの LP 投資や傘下のファンドによる企業等への投資を通じて、政策的に意義のある事業分野への投資を行っています。

出典:株式会社産業革新投資機構
出典:株式会社産業革新投資機構

JIC キャピタル株式会社の概要

商号JICキャピタル株式会社
代表者代表取締役社長CEO 池内 省五
所在地東京都港区虎ノ門1-3-1 東京虎ノ門グローバルスクエア8階
主な業務内容エクイティ投資及びエクイティ投資に
付随するコンサルティング
設立2020年9月
運営ファンドJIC PEファンド1号投資事業有限責任組合
・ファンドサイズ:2,000億円
JIC PE共同投資ファンド1号投資事業有限責任組合
・ファンドサイズ:9,000億円

 JICキャピタル株式会社(JICC)は、株式会社産業革新投資機構(JIC)傘下の認可ファンドとなるJIC Private Equity (JIC PE )の運用会社として設立されました。2020 年9月の設立以来、JIC グループ 内における、バイアウト投資(国内外企業の再編・統合を通じて、産業構造の改革及び国際競争力強化を目指す投資戦略)・ラージグロース投資(国内外の高成長企業への出資により、当該企業の国際競争力強化を目指す投資戦略)を担うファンドとして、投資機会を検討してきました。

主な過去の投資先

 JICの前身である産業革新機構(INCJ)時代には、半導体業界ではルネサス社、化学業界では住化積水フィルム株式会社及び株式会社クレハ・バッテリー・マテリアルズ・ジャパン等、業界再編を実現した投資実績があります。一方で、液晶ディスプレイのJDI(ジャパンディスプレイ)や有機ELディスプレーパネルのJOLED(ジェイオーレッド)といった失敗事例もあります。

 JICCにおける現在に至るまでの案件としては、①東洋アルミニウム株式会社及び株式会社UACJ製箔の経営統合、②日立 Astemo 株式会社への資本参加の2件に携わっており、今回のJSRで3件目となります。

産業革新投資機構によるJSR買収の概要

取締役会決議の内容の概要

出典:JSR株式会社

公開買付者の概要

・名称:JICC-02 株式会社
・所在地:東京都港区虎ノ門一丁目3番1号
・代表者の役職・氏名:代表取締役 板橋 理
・事業内容:(1)有価証券の取得及び保有(2)前号に付帯又は関連する一切の業務
・資本金100,000 円
・設立年月日:2023 年6月 15 日
・大株主及び持株比率:JIC キャピタル株式会社 100%

 公開買付者であるJICC-02 株式会社は、産業革新投資機構(JIC)の完全子会社である JIC キャピタル株式会社(JICC)が設立した100%完全子会社という位置づけになります。
 一方で、本公開買付けの決済時までの期間において、JICC が運用する「JIC PE ファンド1号投資事業有限責任組合」及び「JIC PE 共同投資ファンド 1 号 投資事業有限責任組合」(総称して「本 JICC ファンド」)に対して公開買付者の発行済株式の全てを譲渡することを予定しています。
 また、本公開買付けの成立後、本取引の実行に必要となる資金への充当を目的として、本公開買付けの決済時までの期間において下記を目的とした手続きが予定されています。つまり、みずほ銀行と日本政策投資銀行から決済資金を借り入れるということになります。
・本 JICC ファンドを割当先とする普通株式の第三者割当による出資
・公開買付者による株式会社みずほ銀行及び株式会社日本政策投資銀行を割当先とする優先株式(無議決権株式)の第三者割当増資

買い付け価格

 公開買い付けはJSR株式会社の普通株式、新株予約権、米国預託証券が表章する米国預託株式に対して実施され、それぞれ以下の買い付け価格となります。

・普通株式1株あたり:4350円
・新株予約権価格:43万4900円
・米国預託株式1株あたり:4350円

 普通株式の買い付け価格である4350円に関しては、各基準に対して以下のようなプレミアが上乗せされています。

・ 2023年6月15日の終値 3,378 円に対して 28.77%
・同日までの過去1ヶ月間の終値単純平均値 3,294 円に対して 32.05%
・同日までの過去3ヶ月間の終値単純平均値 3,162 円に対して 37.59%
・同日までの過去6ヶ月間の終値単純平均値 3,046 円に対して 42.79%
・2023年6月23日の終値 3,234円に対して35%
・2023年6月26日の終値 3,934円に対して10.57%

また、買い付け総額は9039億円で、純有利子負債を含んだ買収総額は1兆円規模に達することになります。

直近2年の株価推移(2023/06/30時点) 出典:Yahoo!ファイナンス

株式価値算定

 JSRの株式価値算定は、みずほ証券と三菱UFJモルガン・スタンレー証券によって実施されました。

*みずほ証券による算定
市場株価法 :3,076 円~3,334 円
類似企業比較法:3,223 円~4,532 円
DCF 法 :2,814 円~5,760 円

*三菱UFJモルガン・スタンレー証券による算定
市場株価法 :3,076 円~3,334 円
類似企業比較法:3,304 円~3,993 円
DCF 法 :3,761 円~4,783 円

取引の背景

出典:JSR株式会社

 JSRが事業を拡大する半導体材料市場は、2030年に向けて年率 10%程度での成長を予測する調査もある等、社会に不可欠な事業として力強く成長することが見込まれています。JSRの半導体材料事業においては、3ナノメートル世代以降向け EUV フォトレジスト等の最先端プロセスにより一層注力し、グローバル市場でのシェア維持・拡大に努める方針としています。特に、EUVリソグラフィー用メタル系フォトレジストの設計・開発・ 製造で世界をリードする Inpria Corporation の完全子会社化や主力の四日市工場内における EUV レジストを含む最先端リソグラフィー材料の生産能力向上に向けた新棟の増設といった施策を実行しています。

 また、半導体製造における次世代技術開発競争が激化する中で、半導体メーカー及び装置メーカーは企業規模を拡大し、半導体材料メーカーに対する交渉力を強化している状況です。このような状況下において、海外の半導体材料メーカーにおいては、大型の合併・買収により資金面・人材面・技術面で競争力を高めています。他方、国内メーカーは優れた技術力を持つ一方でプレーヤーの数が多く、各社が重複した投資をしていることから、事業再編による規模の拡大と国際競争力の強化が必要であると考えられました。

 加えてJSRにおいては、プロセス材料や5G技術に対応する実装材料等において依然として低い市場シェアに甘んじている半導体材料もあり、また、高い市場成長が望まれるにも拘らず、参入していない半導体材料も多数存在しています。そのため、現在の競争優位性を維持・拡大するための研究開発・設備投資に留まらず、国内に有望なメーカーが多数存在する半導体材料業界において、より大胆に業界再編を志向することで、幅広い半導体材料のラインナップでの高い市場シェアの獲得や投資効率の向上により、国際競争力を高めていく必要があると考えられました。

 以上の現状と課題を踏まえたうえで、短期的業績に左右されず、大胆な戦略投資、構造改革や業界再編を実現するための、資本政策及びパートナー候補の検討をJSRは行ってきました。その中で、JSRは昨年11月中旬、成長に向けた資本政策についてJICに協議を打診し、非上場化で短期的な業績に左右されない体制へ移行し、構造改革や業界再編を進めることで両社は認識を共有しました。

 一部では、JSRの海外ファンドによる買収を避けるために国内官民ファンドに買収させるのではという考えも見られます。確かに、JSR株の外国人保有比率は23年3月末時点で54%と過半を超えています。しかし、JSRのジョンソンCEOは「投資家からの圧力はなかった」としたうえで、海外企業などからJSRへの買収提案も無く、JSR側の経営判断としたJIC側に傘下入りを持ち掛けたといいます。

出典:JSR株式会社
出典:JSR株式会社

JSRとJICCの戦略的パートナーシップの意義・目的

出典:JSR株式会社

 JSRは今回の公開買い付けについて、JICCとの戦略的パートナーシップと表現したうえで、以下の5点の意義・目的を掲げています。

①半導体材料領域における業界再編へのコミットメント
業界再編への意思を明確にすることで、パートナー候補との協議を進めることが可能。政府系ファンドという中立的な立場を生かし、円滑な再編・統合を期待

②ライフサイエンス事業の方向性合致
成長戦略の策定や戦略に基づくアクションプラン策定支援を通じた、当社方針サポートを期待

③政府系ファンドとの戦略的パートナーシップ
収益目標と政策目標を両立する方針の元、短期的な業績変動にとらわれず企業価値の向上に資する中長期的な支援(大規模・長期・中立的なリスクマネーの供給)を期待

④事業再編及び成長戦略のノウハウ
当社経営・事業環境に係る知見と半導体分野を含む豊富な投資実績、成長戦略・エクイティストーリーの構築力の活用を期待

⑤JICCが持つネットワークの活用による更なる組織力強化
国内外の機関投資家及び民間事業者とのネットワークを活用し、人材採用を含むグローバルでの成長戦略の立案及び実行サポートを期待

事業再編の詳細

 JICキャピタル(JICC)の池内省五社長は、再編を通じて国内産業の競争力を高めるのがJICの使命だとし、候補として化学、自動車部品、ヘルスケアなどを挙げました。特に、半導体関連については買収完了後すぐに再編の検討を開始するとし、JSRを中心とした業界再編によって半導体素材メーカーの国際競争力を引き上げていく狙いを示しました。加えて、製品ベースでのシナジーを十分に考慮し、独占禁止法に当たらない再編のストーリーを作っていく必要性を強調しました。

 JSRのジョンソンCEO兼社長は、基本的に日本の半導体材料業界を対象に再編を実施する考えを示しました。再編対象となる社数については「何社が適切か見極め、可能性を検討する」とし、競合他社の事業買収も示唆しました。加えて、光酸発生剤や樹脂といったフォトレジスト原料の分野でのM&Aも「可能性として確実にある」と述べました。また、EUV露光向けフォトレジストに関してはJSRの技術力は高いとしたうえで、長期的な視点からの業界再編の必要性を示しました。

再上場時期

 6月26日にJSRが開いたオンライン記者会見で、同社のエリック・ジョンソン社長は再上場時期について、以下のようにコメントしました。

「再上場及び新規株式公開(IPO)市場は予想しにくい。いま分かる限りでのタイミングと考えてほしいが、(今後)5〜7年くらいを目指している」

出典:日本経済新聞

加えてジョンソン社長は、再上場時の売り上げ規模や時価総額の水準について明言を避けた一方、再上場を目指すなかで自己資本利益率(ROE)は10%を優に超えると述べました。

 一方、JICキャピタルの池内省五社長は、買収後の出口戦略について次のようにコメントしました。

「原則として新規株式公開(IPO)を目指す。そのためには事業再編や、製品の競争力をあげることなどを通じて企業価値を高める必要がある。いつまでにIPOをするとはっきり言うことは難しい」

出典:日本経済新聞

【参考】

製品情報 | JSR株式会社

株式基本情報 | 株式・社債情報 | IR情報 | JSR株式会社

統合報告書 | IRライブラリ | IR情報 | JSR株式会社

会社概要|JICとは|JIC JAPAN INVESTMENT CORPORATION (j-ic.co.jp)

JICキャピタル株式会社 (jiccapital.co.jp)

JSR(株)【4185】:株価・チャート – Yahoo!ファイナンス

革新機構、半導体素材大手JSRを約1兆円で買収 業界再編に号砲[記事]

JSRがJICCによる株式公開買い付けに賛同、狙いは日本の半導体材料業界再編|TECH+[記事]

産業革新機構、半導体素材大手JSRを1兆円で買収へ|日本経済新聞[記事]

JSR社長「業界再編、先導したい」 会見一問一答|日本経済新聞[記事]

JSRを革新機構が買収 TOB価格1株4350円、35%上乗せ|日本経済新聞[記事]

JSR社長「ROE10%超」、再上場条件に言及|日本経済新聞[記事]

JICキャピタル社長 JSR買収「半導体素材で強者連合」|日本経済新聞[記事]

インタビュー:半導体素材業界の再編、JSR買収完了後に検討開始=JICキャピタル社長|ロイター通信[記事]

米バリューアクト、JSR株で利益500億円獲得も-革新機構がTOB|Bloomberg[記事]

JICC-02株式会社による当社株式等に対する公開買付けの開始予定に係る賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ|JSR株式会社[リンク]

JICC-02株式会社による当社株式等に対する公開買付けに関する意見表明(賛同)の概要|JSR株式会社[リンク]

JICC-02株式会社による当社株式等に対する 公開買付けに関する意見表明(賛同)の概要 (動画)|JSR株式会社[リンク]

(訂正)「JICC-02株式会社によるJSR株式会社(証券コード:4185)に対する公開買付けの開始予定に関するお知らせ」の一部訂正について|JSR株式会社[リンク]

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